ドル・スマイル理論:米ドルが好況でも不況でも強くなる理由
米ドルについて興味深い点があります。世界が崩れていくときに上昇しがちで…米国経済が絶好調のときにも強くなるのです。妙な組み合わせですよね? 状況が悪ければドルは下がる、すべてが順調なら人々は他通貨へ分散する——そう考えがちです。ところが歴史はその逆を何度も示してきました。経済学者はこれを ドル・スマイル理論 と呼びます。この考え方を順に見ていくと、実はとても直感的に感じられるはずです。
なぜドルは「微笑む」のか
グラフ上に描かれた笑顔(下のグラフのような)を思い浮かべてください。左側は危機、右側は高成長。真ん中でへこんでいる部分が「まあまあ」ゾーンで、良くも悪くもない平均的な局面です。このときドルは方向感なく漂いがちです。
パニック時には、投資家は何よりも安全を求めます。最も信頼できる避難先と見なされるドルや米国債(Treasuries)を買うのです。2008年の金融危機や2020年初頭の新型コロナ禍を思い出してください。恐怖が急騰し、ドルも同様に跳ね上がりました。
反対側の極端な局面、すなわち米国経済が過熱しているときには、金利が上がりリターンが魅力的に見えます。成長と利回りを追う資金が流入し、ドルはもう一段の押し上げを得ます。
では真ん中ではどうでしょう? 経済がそこそこなうえ、世界の他地域の方が魅力的に映ると、資本は他所へ流れがちです。そこでドルの輝きは薄れます。

出典:Wellington Management
つまりドルはこうして「微笑む」のです。悪い時期に強く、非常に良い時期にも強く、その間のごちゃついた中間では弱くなりがち。
いくつかの実例
この理論は机上の空論ではありません。2008年の金融危機では、投資家が現金へ殺到し、ドルは20%以上急騰しました。2020年3月のコロナによる市場混乱でも同じことが起き、数週間でドルが急伸しました。
一方で2022年を振り返ると、米国経済は熱く、インフレは高止まり、FRBは積極的に利上げしました。ドルは他通貨に対して20年ぶりの高値を付けました。しかし2023年半ばには落ち着き、インフレが和らぎFRBのペースも鈍化、ドルは反落。典型的な「スマイル型」です——極端では強く、中間では弱い。
本質的な駆動要因は何か
核心は二つに要約できます——金利と信認(コンフィデンス)。
- 好況期には、高い米金利がドル建て資産の魅力を高めます。
- 景気後退時には、たとえ金利が下がっても、ドルは依然として「安全な」避難先です。
- 中間局面では、どちらの力も十分強くないため、ドルは弱含みます。
個人の行動にたとえるとわかりやすいでしょう。不安なときは現金を持ち、強気のときは最大の市場で大きく張る。どちらもドルを支えます。一方、「惰性の」時期には資金を他へ移すかもしれません。
FX以外で重要な理由
ドルのスマイルは通貨だけに影響するわけではありません。スマイルの左側(危機)が働くと、世界的なパニックが広がります。金や円は上昇しやすく、株式やリスクの高い社債は下落しがちです。右側(米国の好況)では、ドルが株式と並走して上昇する一方、金などの安全資産は出遅れやすい局面になります。
新興国は最も圧力を受けます。ドル高は外貨建て債務を重くし、資本流出を招きやすいのです。ドルが軟化するとようやく一息つけます。
リスクと奇妙な例外
もちろんスマイルはあくまでフレームワークであり、絶対的な規則ではありません。2023年に米地域銀行が揺らいだとき、ドルがあまり上昇しなかったのは、投資家がそれをグローバルではなくローカルな問題と見なしたからです。より長期的には、大きな財政赤字と米国債務の増加がドルの安全資産としての地位を削ぐ可能性があります。また他の経済圏の比重が増すなかで、ドルがこれまでと同じ程度に覇権を保てるのかという問いも妥当です。
要点
ドル・スマイル理論は、厳密な水準を予測するためのものではありません。語るのは「傾向」です。恐怖が高いときにドルは輝き、米国の成長が猛威を振るうときにも輝きます。最も苦手なのは中間地帯。投資家にとって大切なのは、いま自分たちがその曲線のどこにいるのかを見極めることです。嵐への備えか? ブームの波に乗るのか? それともただ漂っているのか?
この「微笑み」を早めに見抜ければ、より賢いポジショニングができます。安全資産に寄せるのか、米国の成長に賭けるのか、あるいはドルの弱含みを見越して分散するのか。ドルが常に微笑むわけではありませんが、微笑むときには目を凝らす価値があります。